はじめに
今回、樺太(サハリン)に行くきっかけとなった出来事は6年前に遡る。6年前の夏、私は自転車で日本縦断を完走し、旅の終着点・宗谷岬の地から対岸にくっきりと浮かぶ樺太の大地を望んだ。その時、「あの対岸では、どんな暮らしが営まれていて、どんな景色が広がっているのだろう」と思いを抱き、その時から樺太の存在を強く意識するようになった。
「いつかはタイミングがあれば行ってみたい…!!」と思い続けていたが、おもに不採算を理由に稚内・コルサコフ(Корсаков)間の定期船は休止され、おまけに経済制裁によりクレジットカード決済が使えなくなる等ハードルが高くなり、樺太はすっかり「近くて遠い国」となってしまった。また、日本縦断終了直後の、あの時の自分はまだ海外ツアー自体未経験だったこともあり、とても樺太ツーリングに踏み切ることは叶わなかった。(あとシンプルにお金も無かった笑)
この度、海外ツアーを何回か完走して、情報収集を重ねた今であれば「挑戦できるのではないか」と思い、長年の夢を叶えるべく旅立った。
ロシア上陸
2026年8月現在、経済制裁を実施している兼ね合いで日本からロシアへの直行便は休止されているため、成田から中国(上海)経由でロシアを目指す。最初は「遠回りする羽目になって面倒だな」と若干思ったが、上海からのフライトでまさかの北朝鮮をガッツリ横断する形で空の旅を楽しむことができて「!?!?」となった。
よく晴れていたこともあり北朝鮮の町並みをじっくり見ることができたが、概ね想像通りあまり栄えていない雰囲気。上空からちょろっと見ただけではあるが「ここは地上の監獄なんだなぁ」と再認した。
通常であれば成田からユジノサハリンスク(Южно-Сахалинск)への直行便がある中、今回はロシアの航空会社S7航空を使って上海・ユジノサハリンスク間を移動したが、貴重な体験ができたのでお金を払った甲斐があった。おそらくロシアが終戦してしまうと、北朝鮮ではなく普通に韓国上空をフライトするような気もするので、北朝鮮を見てみたい人は今のタイミングに行くのが良いかもしれない。
↑北朝鮮・ロシア国境の川
。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。*゚+
北朝鮮フライトツアーも終わり、ウラジオストク空港にて緊張の入国審査がスタート。ぶっちゃけロシアツーリングをするうえで、一番の難所と言っても過言ではない。と言うのも、前回ロシアの入国審査を受けた時、スマホの画像フォルダやSNSの投稿を徹底的に見られる等30分ぐらい審査されたからだ笑
が、今回は3か月前にロシアに入国した履歴がある。「案外あっさりクリアーできるのでは?」と淡い期待を抱きながら列に並んだが、入国審査の途中で別の担当者が来て「こっちに来い」と呼ばれ、無念の別室送りへ…
別室待ちの待機列を見ると日本人2人の他、ヨーロッパ系・アジア系の人が数名。おそらく滞在許可証が必要な人は全員別室送りの対象になるのではないかと思う。
並ぶこと15分、一向に始まる気配がなく次のフライトの搭乗時刻が刻一刻と迫ってくる。本当はトランジット時間が2時間あったが、出発が1時間遅れたせいで乗り換え時間はかなりタイト。離陸まで30分を切ろうとしたところで「いよいよマズい」と思い、近くの審査官に事情を説明。すると事情を分かってくれたみたいで、別室をスルーしてそのままロシア入国に成功した。
「こんなチート技があるんだなw」と思いつつゲートを越え、3か月ぶりにロシアの地に足を踏み入れた。次のフライトまでの時間は無いが、ここを逃すと確実に両替できる場所が無い(ロシアの銀行は土日休みなので文字通りゼロ)ので取り敢えず6万円分ルーブルに換金して、樺太行きの飛行機に飛び乗った。
そして樺太へ
約1時間半のフライトを経て、念願の樺太の地に足を踏み入れた。飛行機の窓から、ユジノサハリンスクの文字を望むことができて神々しい。
国内線の飛行機で入国審査も無いので軽やかな気持ちで受託手荷物受取場にイン。輪行段ボールにぱっと見大きな破損もなさそうでひと安心。
「あとは外に行って輪行解除するだけだな」と外に出ようとしたところで、チャラ目の見た目の2人組に声を掛けられる。「いぶきさんですか?」と聞かれ「そうです」と答える。すると、警察手帳を見せられ「ご同行いただけますか?」と結局別室へと誘われた。
前回はスマホの検閲やプライベート系の質問が多かったが、今回は働いている勤務先やどんな仕事をしているか等ちょっと毛色の違う質問をされた。あとは恐らくビザの申請内容と齟齬が無いか見るためだろうか、両親の生年月日なども根掘り葉掘りヒアリングを受けた。
私は幸い零細企業勤めなので何も起こらなかったが、もし大手企業勤めだったらどうなっていたのだろうか。過去に中国で製薬会社勤務の邦人が拘束された事例があるので、大手勤めの人は気を付けた方が良いかもしれない。
輪行解除したところで、輪行段ボールは手荷物預かり所に預けて出発。手荷物預かり所は9日間で約3,500円。ユジノサハリンスクにはスポーツバイク店もあるのでそこで再入手しても良いが、探す時間がもったいないので今回は課金してしまった。ちなみにこれは後日談だが、預け入れ時に3,500円支払ったが、回収時に「まだ貰っていない。払ったなら証拠を出せ。」と再度支払う羽目になった。ロシアにはこういう薄汚い輩もいるので、しっかりレシートは取っておきましょう(戒め)
はじまりの町
手荷物を預けたところで時刻は17:30。別室とか輪行解除で時間を要して、何だかんだ2時間半経過していた。樺太は日本と2時間時差があり、21時まで明るいこともあり比較的夜遅くまで店が開いているが、とは言え夜更かししすぎると明日に響くので先を急いだ。

両替は既に済ましているので、キャンプ用品店でガス缶・商店でライターをGET。樺太の特に北半分は宿が皆無に等しいので、ここでガス缶を手に入れることができてひと安心。
スーパーで非常食や明日の補給食を調達した後、駅前の宿にてチェックイン。
宿にはサイクルラックもあってちょっとびっくり。意外と樺太でもサイクリングが流行ってるのか?
樺太縦断スタート
宿でモーニングを堪能した後、樺太最北の町・オハ(Оха)を目指して出走!!
ロシアお馴染みのレーニン像に見送られながらペダルを回し始めた。
出走して間もなく、ダイナマイト爆破した方が良さそうな建物を発見。ここは日本統治時代は、拓殖銀行の支店だったらしい。
しばらく走ると建物の数は徐々に減っていき、ドリンスク(Долинск)の中心街を過ぎたところで突如道路脇に巨大な煙突が眼前に映りこむ。
王子製紙 落合工場跡だ。正直「工場を見ても仕方ないよな」と思っていたこともあり下調べの段階ではここは素通りする予定だったが、規模の大きさに思わず見惚れてしまった。
終末SF感のある建造物を堪能したところで、スシとアドレナリンラッシュをチャージ。このアドレナリンラッシュ、ウズベキスタンなど旧ソ連圏に行くと必ず目にするエナドリなのだが、モンスターやレッドブルのような甘ったるさが弱くて個人的にとても好き。日本でもぜひ売ってほしい…!!
ドリンスクの町を過ぎると、内陸から海岸沿いの道に移り、一気に北海道感のある風景へと早変わり。開放的な草原に青い空。気温も冷涼で、心が浄化されていくのを感じる。
海岸ではラリーカーを飛ばして遊んだり、日光浴をしたりサーフィンを楽しんでいる人がいたりと、ここだけ切り取ってみると南国のような風景が広がる。ロシア人にとってはここは南の島であることに違いないが、まさか宗谷岬の北でこのような景色を見ることになるとは思いもしなかった笑
ロシア初野宿!
海岸沿いを心行くまで堪能したところで、次の町・ブズモーリエ(Взморье)が見えてきた。
町に入るとすぐにカフェがあったので入店して今夜の宿を探す。探してみると、どうやらここから約100km先の町・マカロフ(Макаров)までホテルは無さそう。そして時刻は16時。日没が9時なことを考えれば行けないこともなさそうだが、ここから先は山岳ステージ。プガチョフスキー泥火山(Пугачёвский грязевой вулкан)で観光する時間も欲しかったので、観光優先で人権を捨てることを心に決めた。Maps.meを見ると、怪しげな「キャンプ場」のPOIがいくつか道沿いに散見されたので、ダメもとでこれらをあたってみることに決めた。
ここブズモーリエの町にも日本統治時代の足跡が見られる遺産があるということで、暫しのグラベルを楽しんでそこを目指した。東白浦神社だ。
ガッツリ観光地化されてて、駐車場には露天商もいる有様だったが、確かにここに日本人が暮らしていた痕跡を見られて満足度が高かった。
そして鳥居からの景色も最高。
。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。*゚+

神社を後にしたところで時刻は17時。日本だと焦る時間帯だが、21時まで明るい=実質ナイトランになる可能性はゼロなので心穏やかだ。
樺太はずっと平地が続くものだと思っていたが、意外とアップダウンがある。神社から目的のキャンプ地まで25kmなので頑張れるが、もし100km先の町を目指していたら辛かったことだろう。
。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。.。・.。゚+。。*゚+
キャンプ地の分岐に差し掛かると、「千早湾」と書かれた看板を発見。ロシアが占領したのを機に南樺太の地名がロシアっぽい地名に変えられている中、日本っぽい地名が出てきてテンションが上がった。とともにキャンプ地が実在している可能性を感じられて激アツ。
知床にありそうな雰囲気の山を眺めながら暫し樺太グラベルを堪能。いい感じの轍が形成されてパークみたいで楽しかった。
鬱蒼とした森を抜けると、たくさんのサーファーとテントが目に映る。キャンプ場が確かに存在していてテンションがブチ上がった。
そそくさとテントを設営した後、ロシアの名酒・バルチカ(Балтика)とシャリクで乾杯!!当然シャワーなどは無いが、絶景を眺めながらビールと肉を頬張っていると、そんなことは些細なことに感じた。

キャンプ飯を食べている途中、ウクライナ出身・ベラルーシ在住という濃い目の人の話を聞くなどした後、泥のような眠りについた。
その2に続く


コメント