日の出とともに
朝5時まだ陽も昇っていない頃、私と銀次郎は2日間お世話になった宿を発った。
「え?なんでこんな早朝に出発するの?」と思われた方が多いだろうが、理由は本日走るルートにある。
1つ目の理由は、走行予定のシュヨク川沿いの道がどのような状態なのか、その殆どが謎のベールに包まれていたからだ。今までの道は、およそネット等で情報が入手できたのだが、今日走る道はいくら調べても情報が見つからず。道の難易度が全く読めない状態だったのだ。
事前にラダックの道路状況を示したマップをDISCOVER INDIA BY ROADというサイトで入手していたが、このマップにはBad/NoRoadとの記載しかなく。「今までの道がGood tar roadだったということは、どれだけヤバい道が待っているんだ?!」と不安がることしかできなかった。
2つ目の理由は、補給ポイントや宿泊できる場所の情報がほぼ皆無であったからだ。私たちは補給ポイントが全く無かった場合や、宿泊地が都合よく見つからなかった場合に備えて、活動時間を長めに取ってこの区間を一気に抜ける作戦を取ることにしたのである。
ということで、まだ薄暗いディスキットの町を走り出した。ここディスキットからカルザーまでの道は、2日前に走った際トラックの砂埃に苦しんだことが印象深かったが、今は早朝で交通量もほぼ皆無。良質なグラベルを快適に楽しむことができて、実に気持ちが良い。
グラベル区間を颯爽と走り抜け、インド版エサヌカ線に到着。そこで名言が書かれている看板と自転車を撮っていると……遠くから何かが走ってきた。「何が来てるんかな?」と目を凝らしてみると、なんと野犬が猛スピードで迫ってきているではないか!!しかもめっちゃ吠えてる!!
「自転車で逃げてたらすぐ犬も諦めるだろう。」と思っていたが、結局このあと1kmに渡って追われる羽目になってめちゃ怖かった。徒歩だったら間違いなく詰んでたなあ。
しばらく走ると、カルザーのジェネラルストアに到着。朝6時半にも関わらず、しっかり開いてて大助かり。キンキンに冷えたレッドブルとブラックバーボンが沁みるねえ。
なお、ここにも犬が大量におり、常に私のブラックバーボンを狙ってきて怖かった。幸いジェネラルストアの店主が「こいつで戦いな!」と木の棒を渡してくださったお陰で、野犬たちと好勝負を演じることができた。
未知の領域へ
カルザーからしばらく走ると、カルドゥン・ラとの三叉路に差し掛かる。ここから先は今まで走ったことがない道ということもあり、期待が胸に広がる。(四角い箱に各行き先が示されており、立体的で分かりやすいね。)
分岐を進むと、目の前にさっそく絶景が広がり一同大興奮。そして写真を撮っていると、対向から旅行会社“traveler”のバスが颯爽と走ってきた。時間的に、恐らく今朝タンツェを出発してここまで走ってきたのであろうと思われる。とりあえずこの先の道が走れることが分かりひと安心。
そこから先も地球離れした風景が広がり続けて、思わず息を呑む。また落ちたら絶対に助からないであろうギリギリ感が、より一層高揚感を駆り立てる。刹那、私が旅したかったのはこういう道だったんだなと再確認した。
シュヨク川の洗礼
断崖絶壁セクションを抜けと、目の前には小さな川が流れていた。「これが噂に聞いていたシュヨク川沿ルートの難所、渡渉区間なのか…?案外余裕で完走できそうだな♪」と楽しくクリアー。
渡渉をクリアーしてしばらく走ると、今度は道全体が川になっていた(笑)
終りが見えなくて若干怖気づいてしまったが、ずっとペダル回し続けてたらなんとかなるだろ精神で、勢いで走り抜けた。
川を抜けると、続いては真新しいアスファルトが出てきて拍子抜け。国境付近ということで道路整備に力を入れているのだろうか、サイクリングロードさながらの快適な道をガンガン突き進む。意外とダーバックにはすぐに着いちゃうかもな?
シュヨク川サイクリングロードを走っていると、道の先に何やら置き石が置かれている。そして河原の方から、土木関係者と思しき人たちが「こっちに迂回しろ!」とジェスチャーを送っている。なるほど、アスファルト区間はここで終わりらしい。
ということで迂回路を先に進むと、何やら道の先で工事を行っている。
近くに寄って尋ねてみると「この道は、現在工事中のため通行止め。5km戻った先に迂回路があるから、そっちの道を使うと良い。」と衝撃のひと言を受ける。
「アグアムまであと少しかと思いきや、また遠のいてしまった。」と肩を落としていると、「やっぱり自転車なら通って良いよ!!」と言ってくださった。
精一杯お礼を告げたのち自転車を押して土砂の山を越えようとすると、工事関係者の方々も自転車を持つ手助けをしてくださった。道を通して貰えるだけでも助かるのに、こんな手助けまでしてくださるなんて優しすぎる。
ちなみに、ここの工事ではコマツの重機が使われており、実際に工事関係者の方々の何人かは簡単な日本語の単語で話しかけてくださった。コマツの海外子会社なのか定かではないが、将来ゼネコン系に転職して、秘境開拓を推進する仕事に携わるのも面白そうだなと思ったりした。
ひょんなことを考えながら、5km戻るのと大して所要時間が変わらなかったであろうクソガレロードをひたすら押し歩きするのであった。笑
道なき道を進むと、迂回路と合流してようやく正規ルートに復帰。
その後もちょっとした渡渉をいくつか越えたところで、
キャリア付近から異音が聞こえてきて停車。
後ろを振り向くと、なんとパニアバックのフックがバッグ本体から外れてしまっていた。
ボルトが折れてたり、そもそもボルト自体が吹っ飛んでいたらヤバいなと焦燥感に包まる。
だが、幸い単純にボルトが緩んで取れていただけであることが分かりひと安心。
他のボルトもついでに増し締めして再出発。
出発して数百メートル、またパニアバッグが外れた音がして止まる。
「トルクが甘すぎたかな?」と状態を確認すると………
なんということでしょう、今度はメス側の金具が外れているではないか。笑
レール自体を外そうとしたり、力技で金具を挿れようとしたりと試みたがどうにもならず。
設計上絶対に出てはいけないパーツが飛び出てしまっては仕方がないということで、パニアバッグを天板に括り付けて応急処置。ウェイトバランス悪いけど、こればかりは仕方がない。
トラブルから復帰し暫く走ると、明らかに今までとはレベルが違う渡渉が目の前に立ちはだかる。
走っているバイクは5台に1台くらいの頻度で転倒しており、この場は阿鼻叫喚と歓声で包まれていた。
これはどう見ても35cのタイヤだと危ないなということで、私はサンダルに履き替えてクリアー。ちなみに銀次郎は乗車して通過していたが、2.1インチでも結構ギリギリ感があったらしい。
秘境の中のオアシス
過酷な道を走り続けること幾時間、ようやく久々の舗装路が姿を現した。
この看板からは渡渉などもなく、気持ちよく走り抜けることができた。アグアムに入ると、すぐ左手にカフェと大量のバイクが目に映る。雰囲気が良さそうだということで、我々も迷わずピットイン。失われかけた人権が一気に復活した瞬間である。
ベジサンド・チーズサンド・コーラ、どれをとってもめちゃくちゃ美味しく感じて、カフェライドにハマっている人たちの気持ちが少しわかった気がした。
エネルギー補給を済ませて追加の水1Lも買い出発しようとした時、衝撃の事実が明らかになる。
レストランの主人曰く、なんとシュヨク川が増水しているため道が通れないというのだ。
主人は「他のバイクは皆ワリ・ラ(標高5,312m)を迂回しているが、坂が急だから自転車だとしんどいかもしれない。レストランでは民泊もしているけど、君たちはどうするかい?」と続けた。①来た道を戻ってカルドゥン・ラを登るか、②ワリ・ラを越えてサクティを目指すか、③今日はここアグアムに泊まり、明日ワリ・ラを越えてレーを目指すか。いずれを選んでも辛い選択となる。
選択を迫られた私たち2人は、悩んだ末“②ワリ・ラを越えてサクティを目指す”に決定。レストランの主人に相談して、もし登れなかった場合は宿に泊めて貰う約束をし、とりあえずチャレンジしてみることにしたのである。また、まだ時刻は朝11時と時間的な猶予も残されているので、高山病さえ問題無ければイケるだろうと、先に進むことにしたのだ。
レストランを出発して数百メートルで、シュヨク川ルートとワリ・ラとの三叉路に差し掛かる。
レストランの主人の情報が古い可能性もあると思い、念の為ここにいた村人にも通行できるか尋ねてみる。すると「腰近くまで水位が上昇しているから、通るのはとてもリスキーな行為だ。」という。電車やバスの屋根に乗車できるような人たちが考える“リスキーな行為”をしたら、当然我々日本人は生きては帰れないだろう。ということで、晴れてワリ・ラ登頂が決まったのである。
立ちはだかる壁
ワリ・ラに登ることが確定したところで、三叉路にあるレストランでスプライトを飲み改めて気合を入れた。そこで本日ワリ・ラを走ったバイカーから、舗装が綺麗で景色も最高との情報をGET。突如として高度5,312mのラスボス級の峠を登ることになり若干憂鬱だったが、プラス要素を知ることができて一気にモチベーションが上がった。
“ワリ・ラのゲート”
ゲートからしばらくは見通しが悪い森の中を進む。道には牛しかおらず、本当にこの先には絶景があるのか?と疑心暗鬼になりながらペダルを回す。
森の中にはストゥーパ的なものがちょくちょくある。
7kmほど走ると、徐々に視界が開けてくる。と、ともに斜度もかなりキツくなってきた。カルドゥン・ラと比べてもこの道はかなり直線的な脳筋設計となっており、やや蛇行しながらも確実に進んでいく。
激坂と奮闘すること幾分、左上に小さな村が見えてきた。この村で民泊できるかは定かではないが、今まで全くと言っていいほど人の気配が無かったため少しばかり安心した。
村を抜けたところで周りの雰囲気が変わり、一気にヒマラヤ感のある景色が広がる。カルドゥン・ラはあまり緑が無かったが、ここワリ・ラは緑もあってとても美しい。先ほどアグアムで出会ったバイカーが絶賛していた理由が、ここに来て納得できた。
あたりには遮るものは全く無く、振り返ると走ってきた道をそのまま見下ろすことができる。
星空の下で
しばらく走ったところで、突然強い向かい風が吹き始める。先ほどまでのペース(8km/h)であれば日没までにサクティに到着できる見込みがあったが、いまは約4km/hのペースしかでておらず、ナイトランになる可能性が高まってきた。
せっかくのこの道を暗い中走るのは勿体ないし、何よりナイトランは様々なリスクが高まる。ということで、今日はここワリ・ラ中腹で野宿することに決定。
交通量が全然無く、生き物の気配も全くと言っていいほどない、また風を避けられそうな良い感じの窪みもあるという好立地。ここに泊まらない手はあるだろうか?いやない。
無事本日の宿泊地が決定したが、時間はまだ15時過ぎ。日没までは時間があるということで、状況把握の意も込めてテントは貼らずに草原の上でゴロゴロお昼寝タイム。先ほどまでの緊張感も解けて、実に気持ちが良い。
軽くお昼寝したのち、日本から持ってきたご飯とレーで購入したサーモン缶に舌鼓をうつ。この大自然の中で超便利な食べ物を味わう感じ、とても面白い。
絶品グルメを堪能したところで、日没1時間前に差し掛かった。そろそろ設営した方が良いねということで、ささっとテントを設営。近くの小川で歯磨きを済ませた後、明日に備えてすぐに就寝した。
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ダイアモックスの利尿作用のせいか、夜中にふと目が覚めた。
眠たい目を擦りながら外に出てみると、空一面に煌めく星々が目に映る。
天の川も肉眼で見ることができるレベルの明るさで、思わず息を呑んだ。
ここに辿り着くまでに様々な出来事があったが、確信を持って言えることは「ラダックに来て良かった。」この一言に尽きるであろう。えも言えない気持ちを胸にテントに戻り、再び深い眠りに就いた。
明日はいよいよ、ラダックツーリング最終日だ。
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