静けさの中で
朝6時10分、まだ町が静けさに包まれている中、我々4人は宿を発った。
町が始動する前独特の、シンとした空気感は万国共通なのだなと実感しつつ、
カルドゥンラロードの入口を示す青看に到着。ここから長い戦いが始まるのだ。
序盤はゆるゆると住宅地の中を進む。
華やかなレーの中心地とは違った、庶民的な暮らしが垣間見えて興味深い。
しばらく走って住宅地を抜けると天気が崩れ、雨が降り始める。たまらずレインウェアを着ようとしているところ、通りすがりの方に「こうやって雨を凌ぐんだよ!」と教えてもらう。
なるほど、こんな使い道もあったのか。
しばらく雨宿りをしていると天気も回復してきたので、我々は再び走り始めた。雨が降ったお陰で、先ほどよりも気温が下がり走っていて気持ちが良い。スピードはゆっくりながらも、確実に標高をあげていった。
“インド版はとバス”
“インド軍の車両を無理やり抜こうとする強気な一般市民”
ホテルから約10km走ったところで、グラベルロードが顔を覗かせる。私と銀次郎は、未舗装ヒャッハーとなっていたのだが、MYTはここから徐々にペースが落ち始める。高山病の症状が出始めていたからだ。
鹿・犬などのかわいい動物たちとの出会いや、美しい景色が広がっているのとは裏腹に、MYTの高山病は無情にも重症化。唇が真っ青にまでなってしまっていたので、彼自身の判断により標高4,300m地点でお別れすることに。
彼は今回の旅に一緒に行くと言ってくれた最初のメンバーだったこともあり、共にカルドゥン・ラを制覇したい想いが強くあったが、こればかりは仕方がない。幸い下れる体力・認知能力はあるようなので、レーまで一人で下山したのち(当初の予定通り)翌日の飛行機で日本に帰国する運びとなった。
頂に向けて
MYTがログアウトし、メンバー3人での旅が始まった。舗装路とオフロードの交互浴を楽しむこと幾時間、標高4,660m地点に位置する関所(South pullu)に到達。ここでパーミッションを提示するのだが、何故か何も提出せずに通りすぎていくライダーがたくさん見受けられて、本当にパーミッションは必要だったのかとふと疑問になる。
疑問に思いつつも我々はせっかくパーミッションを発行したので、ここでインド軍に提出。検問はとても簡素なもので、行き先のみ伝えて先に進む。目の前には、先ほどまでは見えていなかったカルドゥン・ラの頂上にあると思われる建造物が視界に入り、気持ちが高ぶる。
“血の気荒めの看板”
さらなる試練
空模様が変わりはじめて、黒々した雲が広がり始める。そして、冷たい感覚が首もとに伝わる。アラレ混じりの雨である。雨足は徐々に強まっていったため、たまらずレインウェアを上下ともに着込む。
ここで銀次郎が関所(South pullu)まで下山することを提案したが、風の強さが危険なレベルでないこと、雲の厚みから通り雨の可能性が高いと判断して、ペースを落として前進することを決断する。
幸い交通量もまだある状態なので最悪の場合は何とかなるだろうが、そんな嫌なことは考えたくない。どうやったら進めるかだけを考えて、ペダルを回し続けた。
すると願いが届いたのか、先ほどまでの雨模様が嘘だったかのような青空に変わった。山の天気は変わりやすいとはよく言うが、ここまで急変するのかと驚いた。
最終局面
元気に遥か先を進む銀次郎と対極に、高山病の症状によりKのペースが落ち始める。私はKのペースに合わせながら一定の距離を保ちながら進んでいたが、このままだと”頂上の茶屋が閉店してしまう”かつ”頂上で温かいものを作って回復しようとした場合、North pulluが閉まってしまう”可能性があると判断。
頂上まで残り5kmで、かつ電波が入る場所も多い状況を鑑みて、けして無理をしないよう念押ししたうえで私は一人、先を進む銀次郎の背中を追うことにした。
ギリギリの状況とは裏腹に、眼下には美しい景色が広がっており思わず息を歠む。
と、景色に見とれていたら上から大量の野犬が走ってきてちょっとビックリ。
素通りしてくれたので良かった。
呼吸のしんどさを感じながら進むと、目の前に大量の旗と人影がうつる。銀次郎である。
最後ぐらいは良いところを見せねばと、下ハンを握りしめて全開スプリント。
そして遂に悲願であったカルドゥン・ラを制覇した。
頂上からの眺め
到着したのは18時前だったこともあり、当然人っ子一人いない状況となっていると思っていたが、さすがは世界イチ高い峠(?)、たくさんの人で溢れていた。既に閉まっていると予想していた屋台も空いており、先程までの緊張感が一気に和らぐ。
手始めにチャイで体を温める。冷えたカラダに沁みわたるね。
周りの人が美味しそうにマギーを食べていることに気づき、店主に「あれと同じものを作って!」と注文して出てきたのがコチラ。まるっきり日本のカレー麺と同じ味がして感動した。
温かい食べ物を食べて心も落ち着いたところで、Kに送ったLINEメッセージを確認する。が、まだ既読がついておらず安否が不安になる。
先ほどは別れ際に、「最悪の場合は空荷でKの元まで下り、私がKのパニアバッグも持って一緒に登るよ!」と宣言したものの、正直戻りたくないなと思いながらKの到着を待ち続ける。
すると1台のトラックが目の前に止まり、運転手が満面の笑みを浮かべながら降りてきた。「まさか…!!」と思うと、トラックの反対側からKが現れた。
感動の再会を果たしたところで、集合写真をパシャリ。
高山病により若干Kは衰弱していたが、心優しいインド兵から酸素を貰い一気に回復。
メンバー全員がしっかり英気を養ったところで、カルザーを目指して再び走り始める。陽も傾き始めていたので、一行は先を急いだ。
カルドゥン村での出会い
今日は朝からずっと登りオンリーだったこともあり、いつも以上にダウンヒルが気持ちよく感じる。路面は良い感じのグラベル、目の前には先程までは見えていなかったヒマラヤ山脈の山々が茜色に彩られておりとても清々しい気持ちになる。
グラベル・レンガ道・舗装路の混合路面を楽しんでいると、40分ほどで北側の関所(North Pullu)に到達。ここでもパーミッションの提示が必要かと思い周囲を見渡すが、守衛と思しき人はおらず。こんなガバガバ警備で大丈夫なのかと心配になったが、結局誰にも止められることなく先に進むことができた。
関所を通り過ぎて間もなく、陽が完全に沈んでしまった。見知らぬ土地で長時間のナイトランは危険、なんとかしないとなぁ。と思いながら走っていると、第イチ村人発見!!
これはチャンスと思い、村人に「この近くで今からでも泊まれそうな場所は知らないか?」と尋ねると「すまん、知らんわ。」と言われてしまう。ぬあ~ん、悲しいね。
希望の光が消えかけていたところで、奥からもうひとり村人が登場。同様に聞いてみると、なんと5km先に民泊をしているレストランがあると教えてくれた。ジュレー!!
暗闇を走ること数分、人里であろう灯りが見えてきた。カルドゥン村である。そして村に入ってスグ左側に、教えていただいたレストランが確かに佇んでいた。
レストランのテラス席で寛いでいる宿の主人と思しき方に「今から3人泊まれないでしょうか…?」と尋ねると「全然空いてるよ!宿泊費は1人400ルピー(≒690円)だけど、それで良い?」との回答。
「良いに決まってます!ありがとう!!」とお礼を告げて、お部屋にピットイン。
疲れ切った私たちの状態を案じてか、夕食は部屋で注文し、料理ができたタイミングでレストランに呼び出していただけた。400ルピーでこのホスピタリティは痺れる。
肝心のお味の方も極上で、一日酷使した身体全体にしみ渡った。
腹が満たされたところで、我慢していた眠気が一気に襲ってきて泥のように眠りこけた。
こうして怒涛の一日が幕を下ろした。
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